JR横浜線の昔@ _
横浜線開業100周年記念
プロの写真家から見た昭和40年代の横浜線
写真家 古屋光雄氏撮影

中山駅改札口
中山駅前から十日市場団地行きのバスが出ており、改札口は混みあいました。
この頃は、中山をはじめ小机・長津田・原町田・橋本・相原の各駅が
ホームに改札口が連続していました。

この当時の東神奈川駅は下図のようになっていました。
夕方のラッシュアワー(撮影は4時30分前後)が始まり八王子方面行電車を待つ乗客の列です。
下記に、この当時の配線図を示します。
※下図は左側が大口方面

1番・2番線は横浜線専用でした(3番・4番線は京浜線専用)が、
行止まりの1番線(ホーム長:4両)は複線化・東神奈川改良工事(昭和43年3月)に伴い使用されなくなり
さらに2番線は京浜線の下り本線に、3番線は横浜線の本線に入替りました。(下図参照)
(4番線は京浜線の上り本線として使用)
それ以来、昭和61年11月まで横浜線ホームは1線(単線)時代が続きました。
昭和43年3月 大口〜寺尾トンネル〜菊名間複線化・神奈川〜大口間複線化(東神奈川駅改良工事)
※下図は右側が大口方面

※京浜下本は2番線・横浜本線は3番線・京浜上本線は4番線で1番線は廃止されました。
昭和61年11月1日 東神奈川駅ホーム増設され1番線が復活し根岸線直通大船駅まで延長・休日ダイヤ設定されました
中山駅 早朝

写真右は霧のため何も写っていませんが、実際も何もなかったはずです。
あ! 田圃か、畑だったかもしれませんが・・。
今現在の北口からは想像も出来ませんね。
日本の高度成長期

国鉄横浜線八王子駅では毎朝電車が到着するたびに
降りた乗客と乗る乗客がホームに溢れ出し
中央線に乗り換えるまで数十分もかかった乗客いました。
線路を歩きだす乗客がいたとか、いないとか・・・・。
何てニュースが聞こえてきそうですね。
この画像をご覧になって
「あれ? 一面2線なの?」
と思った方はいませんか!
下記の図はこの頃の配線図ですが、横浜線ホーム長は4両分(76m)しかなく連絡階段も1つしかなく
満員の乗客を乗せた電車が到着するたびに、この様な光景が見られた様です。
この光景がいつ頃まで見られたのかは???です。

その後、昭和49年6月 103系7連運行開始(相原・八王子間ホーム延伸工事終了4両から7両化)
この工事(4両から7両対応)により八王子駅横浜線ホームは1線になってしましました。(下図参照)

平成4年3月 八王子駅 横浜線ホーム増設 (1面2線化)
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昭和36年頃? 東神奈川〜小机間複線化工事開始 昭和43年3月 ★東神奈川〜小机間複線化完成 |

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