東神奈川電車区車両配置  昭和47年3月31日現在

石倉 浩 様ご投稿  平成15年5月21日受付

この段階では、

京浜東北線用の73がまだ若干配置されている(浦和や下十条にも、若干の73が配置されています)

関係で、表中の両数になっていますが、

実際の横浜線で使用していたのはこのうちの9?両程度ではないかと思われます。

S49年の第一次新性能化で53両捻出で40両残ってますからね。

 

 

S49年の第一次新性能化

「隠れハマ線ファン」様 ご投稿

旧型電車の余剰

他線へ

思い出の車両達との悲しい再会

 

久里浜に散った旧型国電

103系投入の影にはこんなことがあったのです。

昭和49年(1974)6月の第一次103系投入開始により、それまでの旧型国電72・73型は
当然ながら余剰となり、
横浜線から他線へ捻出されることになりました。
当時はまだ、各地で旧型電車が幅を利かせており、状態の悪いものは廃車となりましたが、
まだまだ状態の良いものは他線へ転用・・・・というのが一連のパターンでした。
(昭和32年製の900代は、当時車齢まだ17年!・・・現在、最古参の103系は車齢37!!年です!)

この中で、東神奈川区を追われた旧型車のうち、
転出先が決まっていた32両が、その旅立ちまでの間
横須賀線の久里浜へ疎開留置されました。

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 ところがです、同年7月7日七夕の夜、関東地方を襲った台風8号は思いもよらない事態を招いたのです。
このあたりを中心に集中豪雨となり、一晩にして留置車両全車が冠水してしまったのです。

結果は・・・修復不能=全車廃車となってしまったわけです。

結局、この車両達は1ミリも動くことなく、約1年間放置され、
その場で解体されたのです。

当時、中学生だった私にとってこの事件は非常にショッキングなものでした。

画像は翌50年の6月に久里浜を訪れたときのものです。
約1年が経過し、ほとんどスクラップ状態でしたが、
思い出の車両達との悲しい再会を果たしました。

■久里浜に散った旧型車・・・32両

クモハ73 : 126.175.223.267.373.401
モハ72   : 063.106.571.662.678.699.938.939.940.943.947.949.950
クハ79   : 114.116.315.331.355.384.386.470.472.941.944.
946
サハ78   : 138

■撮影日:1975年6月29日
参考文献:鉄道ファン誌 No.168 在来線電車の動き

「隠れハマ線ファン」様 ご投稿  (平成13年11月20日投稿)

 そこで

石倉 浩 様ご投稿  平成15年5月21日受付

また、久里浜に散った車両たちがこの時点(昭和47年)でどのくらいいたのかなと思って、

配置表をもとに検証してみました。

111両中20両弱が、横浜線用として使用されずにS49年までに廃車になったとすると、

捻出した車両の半分以上がやられてしまったということが、

この検証でもわかりました。

 

昭和49年7月に久里浜に散った車両たち

昭和47年4月以降に配置になった車両で、久里浜に散った車両

クモハ73373 モハ72571  クハ79315

 

は、昭和49年の新性能車投入後も残った車両

S49年置換え前の配置の資料があるとおもしろいですね。

鉄道ファンの車両の移動を一つ一つ確認するもの気の遠い作業ですし、

だれかUPしていただけるとありがたいですね。

saito@入江町様ご投稿  受付 2004.1.8

東神奈川電車区車両配置

 

昭和48〜49年の103系が大量入線する前の配置表

クモハ73  013 025 031 054 060 095 121  126 
135  146  153 154 164 166  175  187 
195  203  223  267  277  293 353  373 
375 401 508  602  604    624

 

 

モハ72   030  063  106 569 571 580  652 662
678 699 937 938  939  940  941  943 
947  948  949  950  957  958 959  960
クハ79 114  116 315  317 331  355 356 358 
368  374  384 386  405  426  428   432
447  470  472 488 934  941 944  946
951

 

サハ78 135  136  137 138  141  151   167 177
181 184  212 217  222  500  503

 

昭和49年7月に久里浜に散った車両たち   は、昭和49年の新性能車投入後も残った車両

 

このうち、いわゆる全金更新車は、クモハ73013  031  095  121  175  195 277  293

モハ72030  063  106、

運転台正面窓2枚Hゴム化されていたのは、クモハ73060  146  164  166  375  401   クハ79116 で、

クモハ73025は、運行表示窓がHゴム化されていました。

また、この頃には、72500〜、79300〜のグループや73126、73401、73600〜、78200〜は

三段窓からアルミサッシ化されておりました。73の初期タイプのうち、台車がDT14だった2両が

アルミサッシとなったのは、何か理由があったのでしょうか。

石倉さんの投稿された昭和47年の東神奈川電車区の配置表と比較して、だいたい一致するのですが、72560が私のメモでは72580になっており、見間違いだったかもしれません。フォローしていただければと思います。

私の記憶では、昭和47年頃には、モハ72の初期タイプの三段窓車や、サハ78009、011は保留車になっていたのか、もう走っていなかったと思います。また、その頃73325が一時入ったことがありましたが、鶴見線に回ったようです。

 


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